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メディアアート生活

美術館に作品を見に行かなくても、町中に作品は溢れている。話しかければその人の宇宙が始まる。

capitulo28 今何をしたいのか(0)〜動機善なりや 私心なかりしか

国づくりごっこしたい

(1)ひとりひとりが別の世界観を持つ時代

去年の暮れに、2016年のイギリスの流行語が「Post-truth」になったこと受け、

これからは「何を【本当】とするかは、個人に委ねらていく」

と書いた。

 

2017年5月、いよいよその現象が具体化しているように感じる。

日々の会話の中でも、ひとりひとりの世界観がますます乖離していくのを感じている。

 

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これは、私の行動原理アルゴリズム

アルゴリズム=問題を解くための手順を定式化した形で表現したもの

 

「無限の可能性そのもののわたしで生きる」と決めてから、

自分の個性特性、脈々と受け継がれてきた感性を自らの中に探し、解析し、組み立て直した私の人生の指針

 

「軸が無い」「軸がぶれている」と表現される、個人の軸を記述したもの。

一義が立って、そこから大義が立ち、

一義から大義へ向かう過程で正義が生まれる。

師匠がそんなことを言っていた。

 

出発点方向性(角度と言ってもいい)が決まれば、

は立つ。

 

軸が立てば、何を善しとして、何を放棄するかの判断も明確だ。

いわゆる「ブレない」生き方を楽しむことができる。

 

このどこから出発しているかが、個人によって大きく異なる。

2017年5月に入って、とみにそれを思う。

 

(2)個人の軸はどこから出発するのか

個人の軸の出発点はどこだ。

 

信念だろうか。

いや、もっとさらに深く、

 

自分はこの世界の中で何者でありたいのか」というアイデンティティ

自己イメージ、自分が思う自分の姿。

 

ここが、個人の軸の出発点ではないだろうか。

 

わたしは、

こう思われたい、思われたくない。

こんな自分でありたい、ありたくない。

これはできる、こんなことはできない。

こんな応対をしたい、こんな応対はしたくない。

こんな人生をすごしたい、すごしたくない。

 

何かを決定するとき、

自分が思う自分=アイデンティティが行動に及ぼす影響は計り知れない。

 

また、アイデンティティを語る上で、

「世界観」という概念を抜きで語ることはできない。

 

存在は単体では存在し得ない。

環境があってはじめて、存在の用途、機能、目的が定義づけられる。

 

「こんな人生を送る自分でありたい」というアイデンティティも、

もし、生活環境が火星であったら、全く違ったものになるに違いない。

自分はこの世界の中で何者でありたいのか。

この世界とはどういうものであるのか。

これが無意識領域で個人の行動原理の一番深いところに

個人の軸の出発点として鎮座している。

 

世界観アイデンティティ

この2つが個人の軸の出発点となる。

そして、人はこの軸を基準に思考し、行動し、関係を構築し、人生を形成していくのだ。

 

(3)多様な「世界観」

個人の軸を決定する世界観アイデンティティ

 

その中でも、世界観はどのように形成されるのだろうか。

 

先日、誤って「ビックバン 写真 フリー」とグーグル検索し、

宇宙誕生時の写真をフリーで手にいれようとした

大馬鹿者が言うのも憚られるが、

 

人間の姿を持って、この世界が生まれた瞬間を実際に見て確認することはできない。

世界、どうやってつくろうかね、と神と話し合った人間もいないはずだ。

(居たとしても、そんなにたくさんはいないでしょう。)

 

今のところ「これで間違いなし!誰もが納得!」という

世界観の情報は周知されていない。

よって、文化教育知識によって世界観の認識は様々だ。

 

自らの感覚からくる情報をたよりにこの世界を定義するもの。

後天的な知識によってこの世界を定義するもの。

その知識も、宗教・哲学・思想・科学・数学と多岐にわたっている。

 

世界はひとつにつながっているという人もいれば、

神がおつくりになったものという人もあり、

天国や地獄があったり、根の國や底の國があったりする。

ホログラムのようなものである、全ては情報だという人もいる。

 

どの世界観から出発して、どの方向性へ向かい、

どんなアイデンティティを採用し、

どの観点を正義として採用し、それ以外は柔軟性を持ち、

どんな個人の軸をつくり、世界の中で人間として楽しむのか。

 

現在は、この個人の軸づくりカスタマイズ可能になっている。

情報は選びきれないほどたくさんあるし、新しく自分でつくってもいい。

量子力学の観点から見ても「全ての存在は認識した瞬間に存在が決定する」のなら、

成功哲学を学ばなくても、自分が思った通りの世界になるというのは、あたりまえだ。

 

個人の軸がそのまま世界に反映される。文字通り、世界は思い通りになる。

よって、こういった軸づくりを主とした人生設計があたりまえになってくるだろうし

(すでに、あたりまえかもしれないけれど)

違った世界観個人の軸を持つ人同士が交流する際は、

お互いのアルゴリズムを理解し合うことがコミュニケーションの大前提になっていくと思っている。

 

(4)国づくりごっこしたい

私の個人の軸、その最先端の思いとして、

「国づくりごっこ」という遊びをしたいと思っている。

正面切って真面目に論理展開しながら思いを語っても、聞き手がそれと同じ思いを持っている人でもない限り、その表現スタイルは功を奏しない。 

せっかくなら、心地の良い時間を共に過ごしたいし、つまらない思いをさせてまで、自分の考えた世界を披露したいという欲求もなかったので、普段は、真面目に語ることを避けてきたけれど、この辺りで一旦、「今、何を考え、何をしたいのか」ということを明確に記述しておこうと思う。

 

→次回へ続く