読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

メディアアート生活

美術館に作品を見に行かなくても、町中に作品は溢れている。話しかければその人の宇宙が始まる。

進化したい。

時間ないのに、日記書く。

最近の私のblogは完全に"日記"です。


正しいか、ふさわしいか、のフィルター通さず、

「今」思ったことを、ただただ出力してる。


いわば、観察日記です。

朝顔だと思っていただければ。

おー、伸びた伸びた。



一年後、振り返って、

「ぬかしよる。小童が。」

と思えればいいかな。


その時も、同じようなこと言ってたらゆるさねぇぞ。


そして、成長の過程で

何か失くしちゃうかもしれないから、

ちゃんと2010年の今を記録しておきたい。


失ったものは、取り戻せないって、この間知った。

頑張って、もう一度手に入れても、それはもう偽物なんだね。




進化したい。

iPhoneだ、iPadだ、PS3だ、mixiだ、twitterだ、

色々とテクノロジーはすごい。


昨日の夜、iPhoneの画面タッチしてて、

急に気付いたよ。


すごくない?iPhone。なんだこりゃ。

いまさらかよ。



すごくて、便利なものって、すごさに気付かないものだね。

いつの間にか、すごい。




私は、機械じゃないけど、

バージョンアップしていきたい。

マイナーチェンジもバックアップも定期的に。



それの、ひとつとして、

今は「伝える」ことをしっかりやろうと思ってる。


地球人なら、2秒くらいで、コンタクトがとれる環境になってる。


手が届かない距離にいた人が、

ネット上なら目の前を歩いてる。


言葉だけのやりとりが、

知り合ったことになるのか、どれだけの価値があるのか、

の問いには、まだ答えがでないけど、


今は、積極的に伝えていこうと思っている。



そして、会いたい。


せっかく身体をもってるんだから、

やっぱり、人は、会って、触れることに、

喜びがあると思うのだ。のだ。




例えばさ、

もう緋翠零はこの世にいないとして、

書き溜めた文章を、誰かが、頃合いを見計らって、

投稿しているとしても、

画面の向こうでは、その真偽は確かめようがない。


極論だけど。


それと同じで、

誰かがすごく楽しそうなブログを書いていて、

その人が「今」本当は、心の底から、落ち込んでいたとしても、

画面の向こうでは、その真偽は確かめようがない。



だから、私は、正しいか、ふさわしいかもわからない今を発信し続けるし、

それを通じて、知り合った人とも会いたい。

文字ではなく、人間同士の付き合いがしたい。


人間の体で出来ることは、有限だと思う。


でも、進化したい。


それが結局何になるのかわからないけど。









たまに聴いちゃうFLOPPY「メタ色吐息」