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メディアアート生活

美術館に作品を見に行かなくても、町中に作品は溢れている。話しかければその人の宇宙が始まる。

雨やまないかなぁ。

ベランダに置いたバジルが、大きくならない。


たぶん、植木鉢が、小さいから、だろう。


大きい鉢を買いにいけば、いい、だけのこと。


でも、雨だから、買いにいかない。


晴れの日に、買えばいいんだけど、


そういう日は、他にやりたいこといっぱいで、


バジルのことを、すっかり忘れている。


そして、帰ってきて、ベランダで煙草吸うとき思い出す。


ごめんよー。、って思うんだけど、


そのときは。


今度ね。、ってバジルに言って、ベランダを後にする。


そして、忘れる。その、くりかえ、し。


そんなに、たくさんのことを、覚えていられない。



こういうのを、冷たい、と、いうの、だろうか。


いや、ただの自分勝手か。







「私がいて良かったでしょ?」

と、不意に聞かれると返答に困る。


たぶん、ここで何を言っても、

わたしがどれだけその人を、

気持ち悪いくらい溺愛してるかなんて、

伝わらないだろうから、


ちゃんと伝わんないなら、

適当でいいや。


「そだね。」


とだけ、こたえる。




たまに、冗談で、

「わたしがいなくなったら、かなしい♪?」


と、聞いてくる人がいる。


答えは「yes」


悲しくて悲しくてやりきれないっすよ。




「わたしがいなくなったら、かなしい?」


そんなこと、わざわざ聞いてこない人がいる。


もし、その人にその質問をされたとしたら、

答えは「no」


悲しくなんて、ないっすよ。



たぶん、悲しいということすら

認知できないでしょうから。




どうやら、非常事態に対して、

そういう方法をとっていたらしくて、

おかげさまで、いくつかのことを、

それも、どうやら結構大切そうな出来事を、

私は忘れている。



この間、何気ない会話の中で、

その中の一個を思い出しちゃって、ちょっとびっくりして、
忘れている、ということを忘れていた、ということを思い出した。


ううむ、そろそろ「忘れている」がゲシュタルト崩壊気味。



で、そのことをせっかくだから書いておこうと思ったんだけど、

もう早速忘れた。


よほど大切なことだったんだろう。



たぶん。




この話にオチはないんだけれど、

まあ、その忘却癖のおかげで、

今は、なんだか楽しく生きてるわけだから、

ま、良くね?


と思いましたという日記。

そんな現代っ子だよという日記。





さて、洗濯干して、皿洗いましょう。