メディアアート生活

美術館に作品を見に行かなくても、町中に作品は溢れている。話しかければその人の宇宙が始まる。

0221|馴染んできた

なじんできた。

ああ、これはなんか変わったなって

気づくときあるじゃない?

 

明らかに起きた時とかにさ

周りの空気変わったなって

あ、今自分、ずれてるなって。

 

そういうときは、割となじませてしまう。

はねのけようとしていた時もあるけれど

どうせ地球とか時代とか人とか

一蓮托生だもんね。

 

反発がいい時もあるんだと思う。

あえて、反発させるためにこの圧力かいな。

おけおけ、じゃあ怒るよ。怒っとくわ。

 

みたいな時もあるんだけど

そうやって、周りの空気に敏感に素直に生きていたら

これは、圧かけて、こっちを奮い立たせたいんだろうなって時と

これは、一蓮托生モードだな混ざろう。っていうときの違いが

なんとなくわかってきたな。

 

それは1時間ごととかでも違うんだけど。

今、だいぶ馴染んでいる。

 

暇なときはやすんでおれ。

素直になれば素直になるほど

風が吹かなければメッセージはないよ。

ないときは、なにもないよ。

 

いざというときのために、蓄えてだらだらしときんさいよ。

忙しくした後に人は休むけど、

忙しくする前に休まないね、まったく。

 

はじまりもおわりもいつ来るかわからないのにね。

暇だったら人間のゲームに従って

目標とか決めてやることとかつくって達成とかして

一喜一憂して暇つぶししてたらいいんじゃない?

しらんけど

というお告げもあったりで

まあ、それもそうかと納得していた。

 

あとは、暇なときは、たたえたり

まつったりしておいたらいいんじゃない?っていうのが

一番、おお、って思ったね。

 

まつるって待つか。

祭るってまつりか。

祀るって、感謝とはまた違う味だよな。

 

祭るって政ることか。

 

うんうん、まだよくわからないけれど

ひらがなが共鳴してる。

 

これは、私にとっての狂気か。

いや、私にとっては正常だ。

 

力抜いていきましょ。

そういう感じらしい。

 

そのうちに、いやでも必死こいて動かなあかんことが

起こるから。

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